努力をしないと不安な人へ

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周囲に気を配りながら、何かしらの努力を日々重ねている人、手を挙げてくださ~い。

・食べ過ぎないように1日の食事量を整える
・ボディメイクや運動をしている
・読書をして「学び」を続けている
・最新情報や社会情勢に敏感
・雑談で使えるネタを仕込んでいる
・身だしなみや清潔感に気を付けている
・マナーや礼儀を重んじる
・笑顔でいることを心がける
・休日もできれば有意義に過ごしたい

・・・などなど。

「好きでやっている」なら良いのですが、問題なのは「努力している自分に安心を感じる」という無意識です。

これは私の過去の話なのですが・・・自信が無ければ無いほど、自分を高める努力をしてしまうんです。

努力をしている間は、怠けていない。
努力している間は、高みを目指している自分でいられる。
努力している間は、理想の自分を保てる。

つまり
努力していない自分は社会的な価値が低い
そういうことではありませんか?

休日にダラダラして「ゆっくりできて良かった」ではなく「有意義なことを何もしなかった」とモヤモヤするのは、何か意味のあることを無いし遂げない自分に対する不安ですよね。

ワクワクと好きでやっているのではなく、薄っすら義務感のように常に高い目標を掲げて努力を重ねている人は、自己肯定感が低い場合が多いんです。

まあ、過去の私なんですけど。

私の両親は「常に高い目標を掲げて達成し、挑戦し、それを越えていくことが自分の可能性を知るということ」がモットーでした。

なので努力できない状態や目標達成できない状態が許せないし、「そんな自分はダメ人間だ」、と自責の念が非常に強いです。

努力家で勉強熱心だから、社会的には優秀。賞賛も沢山浴びている。でも、本人達の心が全く幸せじゃないし、いつも「これで良いのだろうか」「努力は十分なのか」と不安の中にいる。そして、努力していない人のことを許せない。

両親から常に「どうしてちゃんとしないの?」「怠けている」という感じで「できていないこと」を指摘を受け続けた私は「努力してちゃんとしていない自分は価値が無い」と思うようになってしまいました。

自分の存在価値が感じられずひどく苦しみ、ヨガや哲学、心理学を学ぶ中でマインドフルネスに出会い、自分の無価値感は解消されましたが、同じような感覚の方は沢山いるのではないかと思います。

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